長い・・・長い冬が、続いていた
今年は特別そう感じるんだろうと・・・思う

はばたき市は・・・晴天が続いていたけれど
日本各地で降り続く大雪のニュースが耳に入らない日は無かった
寸断される国道・・・雪に乗り上げてしまい立ち往生する電車

そんな時・・・ふと思ったんだ
俺にも・・・俺たちにも何か役に立てることは無いんだろうかって・・・・





一月に入ってすぐ・・・数多くのモデルを抱える事務所の共同記者会見が行われた
発表されたのは、2月14日、バレンタインデーに関することだった


「私どもの事務所には、2月14日に合わせて、たくさんのチョコレートやプレゼントが届きます
 もちろんファンの皆さんのお気持ちですし、毎年それぞれのモデルたちへきちんと届けてきました
 でも、今年はそのファンの皆さんのお気持ちを、是非、別な形で表現していただけないかと・・・

 こういっては何ですが、実際食べきれない量のチョコレートが届くわけです
 ですから、皆様には、そのチョコレートを買うお金を寄付していただきたいのです
 皆様から届けられたお金は赤十字を通じて被災地へ届けさせていただこうと
 そして3月14日には、ご賛同くださったすべての方に、モデル達からお礼の手紙をお届けします」


記者会見場では、たくさんの記者やレポーター達がこの話を「英断」だと持ち上げた
もちろん、もらえるかどうかわからないチョコレートなのに、先に寄付しろとは何事だ
そんな意見もあったらしい
それでも、バレンタインデーという風潮に、いささか妬みの気持ちを持っていた男達に、この話は圧倒的に支持された
そして、俺にとっては・・・自分の提案がこんな形になったことが少しばかり照れくさかった・・・





2月14日・・・バレンタインデーの朝がやってきた

毎年、登校する道々で何度も声をかけられ、断るたびに気まずい思いをしてきた・・・
そして下駄箱を開ければ・・・色とりどりのプレゼントが所狭しと押し込められて、上履きを引き出すことすら大変だった
だけど、今年は・・・


「受け取ってください」と差し出されたチョコレートでも
「事務所の方針で・・・受け取れないから」とはっきり断ることが出来た

また寄付の送金をしてくれたらしい女子から・・・・
「ホワイトデーのお手紙待ってますね」なんて言われても、頷いているだけで良かった・・・

俺にとって、憂鬱が大部分を占めていた2月14日が・・・晴れ晴れとした気分で過ごせることを俺は心底歓迎していた
ただ・・・一つだけ、残念なこともあったわけだけれど・・・・





教室へついた俺を見つけたが「おはよう」と言いながら近づいてきた
同じクラスで過ごしてもう丸3年・・・
今では気軽に声を掛け合えるようになっていた・・・


『私も事務所宛にお金振込みさせてもらったよ』

3学期が始まってすぐに・・・にそう言われたとき
初めは何を言っているのか判らなかったけれど・・・・
が、記者発表を見てすぐに事務所のHPを確認して、その足で郵便局へ行ったと聞いて、バレンタインのことだと判った

そんなの気持ちが俺は嬉しかったし・・・・「良かった」と思った
でも・・・・それは、からチョコレートをもらえないという事実でもあった


「葉月くん、おはよ!」
「ん・・・」

「今朝はさすがに机もロッカーも何にも届いてないんだね」
「ああ・・・メディアの力は大きいもんだな・・・」

殺風景な俺の机の上が・・・少し寂しい気がしたのは、何故だろう
俺は・・・いつも断るチョコレートを本当は待っていたんだろうか・・・


非日常であるはずの2月14日が・・日常として動き始めた
受験のためにひたすら自習時間が続く授業・・・
俺はいつものように問題集を解いているの背中と、薄青い空を・・・・ぼんやりと眺めていた




昼休み・・・

教会の裏・・・猫の『』のところに俺はきていた
去年うまれた『』は・・・もうすっかり 大猫 になっていたけれど
相変わらず俺を見ると甘えてくれる
だから俺は・・・学食で買ってきたパンを『』と一緒に食うのが楽しかった

そんな『』たち親子のためになのか・・・去年の秋あたりから小さなエサ箱が置かれるようになった
俺以外にも・・・こいつらを可愛がってる奴がいる
そう思うと、少し寂しいと言うか妬けるような気もするけれど
卒業してゆくことを考えたら・・・面倒をみてくれる奴がいるほうがいいんだろうと思う


「おまえと一緒にメシ食えるのも・・・あと何回かだからな・・・」
「ニャー」

「俺が卒業したら・・・ちゃんとメシはエサ箱から食うんだぞ」
「ニャッ」

喉もとを撫でると指先に伝わってくるゴロゴロという『』の返事・・・
抜け落ちた毛と芝生で・・・制服が汚れるのも・・本当にあと何回かなんだよな・・・


午後の授業を知らせる予鈴が鳴って・・・俺は『』を膝の上から下ろした
』は立ち上がった俺の足元にまとわりついて甘えてきた・・・
「じゃ、また明日な」と言って俺は教室へ戻った・・・




午後の授業・・・俺にとっては単なる昼寝の時間
教室へ差し込む日差しがポカポカと俺の身体を温めて・・・まさに夢心地・・・
それでも、どこか意識が覚醒しているのは・・・今日が今日という日だからだと判ったとき
俺は・・・少しばかり自分が可愛いと思った・・・

6時間分の自習時間がすべて終わり・・・教室は少しばかり色めきたっていた
黒板の前・・・入り口、そしてそれぞれの席で・・・
小さな包みを手に男子に声をかける女子の姿・・・
残り少ない高校生活を惜しむように・・・時間は過ぎているんだと思った


俺は、何も入っていないカバンを手に帰ろうとして・・・ロッカーの前でと出くわした


「あ、葉月くん!今日はバイトだよね?」
「ああ・・・・・・多分」
「多分って相変わらずだなぁ」

そう言うと、はクスクスと笑った
俺は・・・なんだか少し悔しくなって・・・


「じゃ・・・」

そう言っての横を通り過ぎる・・・


「私も今日バイトだから、またあとでね!」

俺は振り返らずに・・・左手を軽く上げた・・・






「葉月くん、今日はどうものらないねぇ」

カメラマンがぼやく
俺が「無愛想」なのはいつものことなのに・・・
どうやら今日は・・・いつもよりもさらに上乗せで機嫌が悪そうな顔らしい


「ん〜、少し早いけど、もうそろそろ休憩入れようか」

たまりかねたカメラマンが、いつもより1時間も早く休憩を入れると言い出した
もちろん、休憩時間になれば、のバイト先から・・・コーヒーが配達される

ファインダーの前で・・・ポーズを取りながら、俺は・・・考えていた

に会いたいような・・・会いたくないようなこの気持ちは何だろう
普段なら・・・が配達に来るのが待ち遠しくて仕方ないのに・・・・
今日の俺は・・・違うバイトが来てくれればいいのに・・・なんてことすら考えてしまう

なおさら気難しい顔をした俺に呆れたように・・・カメラマンは「休憩休憩」と言った・・・・



控え室にこもった俺は・・・机にうつ伏せながらずっとのことを考えていた

           ・・・        
        

       ・・・・・   

・・・俺の脳内からが離れない
こんなに重症だったなんてことは・・・今日まで正直知らなかった

最近は・・・クラスメートより一歩進んでいるような気がしていた
あいつも俺を嫌いじゃないはず・・・そう思えてきていた
だからこそ・・・『証』が欲しくなっているのかもしれない

俺は自己分析に明け暮れながら・・・右を向いたり左を向いたりしていた
落ち着きが全く無い・・・そんな自分がいささか可笑しく感じてきたその時・・・


「失礼しま〜す」

・・・が控え室に入ってきた






「葉月くん、寝てる?」

俺は机にうつ伏せていた身体を起こして・・・「起きてる」と返事をした
喫茶店の制服姿のは・・・学校とはまた別の顔をしている
バイトに入りたての頃・・・何度もカップを割ったのが嘘みたいに
今はすっかり・・・店の顔になっていた


「お待たせしました」

が、俺の前にカップを置いて・・・保温のポットからコーヒーを注ぐ
いつもの光景・・・のはずなのに


「ん・・・?」

目の前のカップに注がれた液体からは、いつもと違う香りがしていた


「ん?モカじゃないだろ、それ」
「うん、駄目だったかな?」
「いや・・駄目って言うか・・・間違えたんじゃないのか?」
「うん、飲んでみてくれる?」

そう言うと、は心配そうに俺とカップを見つめた
俺は・・・いぶかしく思いながらも、カップに口をつける
その液体は・・・琥珀色をしていながらも、甘いチョコレートの味がした


「これ・・チョコレートか・・・」
「うん!チョコレートのフレーバーコーヒーなの
 マスターに頼んで仕入れてもらっちゃった、お店でも今日限定で出してるんだ」
「今日・・・限定? あ・・・」

「うん、バレンタインデーだから・・・その、葉月くんに飲んでもらいたくて・・
 本当はチョコレートを用意したかったけど、でも、今年はしちゃいけないでしょ?
 でも、どうしてもって思ったから・・・、うちの店でバイトしてる特権かな・・・やっぱり、迷惑だった?」

俺は・・・・首を振りこう言った


「おまえからチョコレートをもらえると思ってなかったから・・・嬉しい」
「本当!?」
「ん・・・」
「良かったぁ、喜んでもらえなかったらどうしようって思ってたんだ〜」

は・・・嬉しそうに笑ってくれた
俺は甘い香りに包まれながら・・・言いようの無い嬉しさを感じていた


「3月14日には、葉月くんからメッセージが届くんだよね
 私もだけど、皆すっごい楽しみにしてるんだと思うよ」
「ん?」
「寄付した人にはお手紙が届くでしょ?」
「あ・・・あれか・・・」

寄付をしてくれた人へ届けるメッセージは・・・
ライターの人が・・・文章を考えてくれて、俺達モデルは、その文章を書き写す
そして「自筆」のものとして、コピーしたメッセージが発送される事になっている


「もうすぐ卒業しちゃうけど、卒業後にも葉月くんからお手紙もらえるんだよね」

はそう言うと、少し寂しそうな顔をした
その意味が・・・・俺の考えているものなのか
それとも、単に卒業に感傷的になっているのか
それは俺にはわからなかったけれど・・・


「メッセージは・・・3月14日にちゃんと俺が届ける」
「うん待ってるね! って・・・、ちょっと待って、葉月くん・・・全部の人の家を回るの??」
「まさか・・・それは無理だろ」
「え・・・それじゃ・・・」

の頬が・・・心なしか赤みを帯びたような気がした
俺は・・・チョコレートフレーバーのコーヒーを飲み干して・・・こう言った


「おまえのところは・・・俺が直接行く・・・近いから」
「え?あ・・・そ、そうか、近いからね、あははは」

が・・・俺の言葉をどう受け止めたのか・・・
そして、俺の気持ちを伝えたとき、どう感じるのか、今はまだ「その時」ではない





「葉月さん、そろそろ始めます」

コンコンとドアがノックされ、外からアシスタントの声が聞こえてきた
俺は立ち上がると、温もりの残るコーヒーカップを・・・に直接渡した


・・・チョコレート、サンキュ」
「どういたしまして。
 葉月くん、後半も頑張ってね!」
「ん・・・」


笑顔のに見送られ・・・俺はカメラの前へ戻った
眩しいライトの中、いつもの撮影がまた始まる
俺が・・・どんな顔で撮られているのかは、解らない
でも、きっと・・・・

いい表情

になったんだろう・・・リズミカルなシャッター音がそれを教えてくれた




卒業までのカウントダウンが始まっていた・・・・
あと二週間で、高校生活が終わる

でも、俺達の未来は・・・・


  続いていく


俺は・・・そう信じている




END




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